2023年45号

ぼくは「名前は大事」と思っているけれど社会ではそこまで重要視されていない気もするし、気張らずにやっていこうと思った週。

Nov 12, 2023

近況

自分はウェブ上で活動することが多く、自身のアイデンティティのかなりの部分がデジタル空間上に形成されているような感覚を持っています。たとえば、物理的にお会いしたことはないけれど週刊少年オオワダを読んでくれている人がいて、その人にとっての少年オオワダ像は、各号に書かれている文章や添えられている写真などの情報をもとに描かれているはずです。

ここ数年はお仕事も自宅で行うことがほとんどでしたから、お仕事仲間に見せる姿も、SlackやGitHubといった協働のためのツールでの発言や、SNSに載せる日常の様子だったりが多くを占めていました。

直近15年くらいそんなふうに人付き合いをやってきたもので、ハンドルネームというかusernameというか、ぼくでいうと「juneboku」ってやつですね、自分や相手がどんなラベルを名乗っているかってのは、なかなかに大事な情報です。話しかけようと思ったらそのラベルに@をつけてメンションしますからね。

また、プログラミングという活動においては「命名」という行為と向き合う時間がたくさんあります。プログラミング言語Rubyの作者であるまつもとゆきひろさんも「名前重要」と繰り返し言っていて、そのままのタイトルのエッセイもあります。

名前重要 | プログラマが知るべき97のこと

かくしてぼくは「名前は重要である」「名前を大事に扱いたい」「気合いを入れて命名に臨みたい」という価値観を醸成させてきました。

ところが、今年になってさまざまな経験をして、この社会において名前はそこまで重要じゃないのかもなあ、と感じるようにもなっています。

うちの近所に住んでいるご夫婦がいて、ここでは仮に「山田さん」としましょう。引っ越してきてすぐにごあいさつに伺ったときは夫さんが応対してくれて、それからしばらくは夫さんのことを「山田さん」と呼んでいました。町内会の人たちも「山田さん」と呼んでいます。暮らしていると妻さんとやりとりする機会も生じてきて、これだと「山田さん」では妻さんのことか夫さんのことか区別できなくて不便と思い、下の名前を教えてもらいました。今では妻さんのことも夫さんのことも下の名前で呼んでいます。便利になりました。でも、こんなことをしているのはオオワダ家のぼくらくらいなもんです。

春から定期的に訪れている松本市内の小学校があり、何度も通っているうちに教員のみなさんがぼくのことを認知してくれるようになりました。通い始めの頃に全校放送と職員会議で自己紹介をさせてもらったので、そこで覚えてくれた人もいるでしょう。だけれども、ぼくは校長先生と教頭先生と他数名くらいの自己紹介しか聞いていないので、ほとんどの教員の名前を知りません。顔は覚えているので、校内で会ったときはあいさつや世間話をします。名前は知らないけれど、悪くない関係は構築できています。

デジタルなコミュニケーションにどっぷり浸かってきたぼくは、まずはどんな文字列を名乗っているかを知るところから相手との関係を始めようとするクセがあります。対象が人間ではなく製品や概念だったとしても、名前をよく知るところから始めたい気持ちがあります。

物理世界では、お互いの名前を知らないままに人間関係が育っていくことがあります。人間の顔を見て個体を識別したり「あそこの角の家」と位置情報を役立てたり、あるいは「酒屋の息子」と相対的なポジションで個人を認識したりしています。ぼくにはこれが「新鮮」に映りましたが、人類の営みの歴史を鑑みれば、こっちの方が自然なんでしょうね。

WikipediaがWikiと呼ばれているのを見かけると「インドネシアをインドと呼んだらまずいでしょ？」と名前重要ヤンキーとして自警団ムーブをしそうになることがあります。世の中では名前の扱いはかなりゆるいようなので、もっと肩の力を抜いて暮らしていこうと思っている最近です。

それはそれとして、下の名前を教えてもらってそっちで呼ぶようにするとよろこばれることも多いので、ポジティブな実践は続けていくつもりです。先月かな、近所のコンビニの店員さんたちの名前を教えてもらって、それから下の名前で呼び合う関係になりました。「今日は、まみちゃんはいっしょじゃないの？」と話しかけてもらえるのはうれしいです。